各シチュエーションごとの得点期待値なんて誰も教えてくれなかった

 

セイバーメトリクス関連の書籍を読んだ。

 

セイバーメトリクスとは野球において、データを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法である。(Wikipediaより)

 

野球には様々な指標が存在するが、私が一番わかりやすいと思ったのが得点期待値と得点確率である。

野球は他のスポーツに比べて状況が分類しやすい。

アウトカウント(無死、一死、二死)×走者(無し、一塁、二塁、三塁、一二塁、一三塁、二三塁、満塁)の組み合わせで分類できる。

 

これらの全パターンにつき、過去のデータをもとに得点期待値、得点確率を計算する。
そして各選手のプレーが得点期待値並びに得点確率をどのように変化させたかをプレーの得点価値として評価する。
 
 
状況別得点確率(2004年~2013年 NPBを対象)
状況
走者なし
一塁
二塁
三塁
一二塁
一三塁
二三塁
満塁
無死
25.2%
40.6%
58.9%
81.5%
60.4%
83.1%
83.6%
83.7%
一死
14.5%
26.0%
39.6%
62.9%
40.8%
63.6%
65.2%
64.7%
二死
6.0%
12.0%
21.1%
26.5%
22.5%
27.2%
27.1%
31.4%
「勝てる野球の統計学」より
 
例えば無死走者なしで、打者が二塁打を放ったとする。得点確率は25.2%→58.9%となりチームにとって大きなチャンスとなる。凡退した場合、得点確率は14.5%となる。
二塁打は得点確率を33.7%向上させ、凡打は44.4%低下させる。
 
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野球をしてきて、走塁については「行けたらいけ」のような抽象的な指導しか受けてこなかった。
「行けたらいけ」という抽象的な表現の中にも、イニング、アウトカウント、得点差、相手守備のポテンシャル、打順などは若干考慮するように指導を受ける。
しかし、各シチュエーションごとの得点期待値なんて誰も教えてくれなかった。
 
例えば、二死一塁で自分が一塁走者であった場合、盗塁するべきか、しないべきか。
それは、二死一塁と二死二塁のそれぞれの得点確率と盗塁の成功率によって決まる。(盗塁失敗時の得点確率はもちろんゼロ)
 
つまりそれぞれの状況の得点確率が頭に入っていれば、自分の盗塁成功率がどの程度であれば盗塁を試みるべきかがわかる。
 
プロとアマチュアのそれぞれの状況での得点確率には違いがあるだろうという指摘はあるだろうが、走者は各状況の得点確率を考慮して
次の塁を取るとどれだけ得点確率が上がり、失敗した場合どれだけ下がるのかを理解した上で判断するべきだろう。
 
高校野球などでは果敢に次の塁を狙う走塁を積極的だと称える傾向があるが、走塁はどの程度のリスクを許容して、どの程度のリターンを取るのか
という問題であり、確率思考が必要だろう。
各状況の得点確率をわからずに走塁するのは、リターンがわからない金融商品に対して投資しているようなものだろう。
 

「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」をみて、アイドルの魅力とは何なのかを考えた

この映画を見るきっかけとなったのは

乃木坂46橋本奈々未さんが、グループの卒業、芸能界引退を発表したというニュースを読んだことである。

 

乃木坂46橋本奈々未さんが両親に家を買った理由」

http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakajimayoshifumi/20161103-00064039/

 

この橋本奈々未さんは、グループの中でも人気が高く、CanCam専属モデルも務めるいわゆる売れっ子である。

そんな彼女が、芸能界を引退する意味が分からないと感じたのは私だけではないだろう。引退の理由としては、弟の学費にめどがついたことが大きいと語っている。

そもそも乃木坂46のオーディションを受けたのもお金が目当てだったと話している。学費や生活費を自分で工面する生活に限界を感じており、ロケ弁が食べられるからという理由でオーディションに応募したらしい。彼女の実家は電気やガスが止まるほど貧乏だったという。

 

卒業を美談に仕立て上げるという、秋元康氏による一種のプロモーションであるという見方もあるが、

SNSが発達した現代において事実を曲げたことがばれずに済むことはないだろうと考えられるので、彼女の実家が金銭的に苦しかったのは事実なのだろうと思う。

 

★★★★★★

 

私は、乃木坂46を含め、アイドルのCDを買ったことが無いし、ライブにも握手会にも行ったことがない。

しかし、2016年上半期CDセールスランキングで、嵐を抑え、AKB48に次いで、乃木坂46がTOP3にランクインしているところを見ると、彼女たちが多くの人の心をとらえていると考えられ、強い興味を抱いた。

「【2016年上半期ランキング】音楽シーンをけん引する三大勢力に新たな潮流」

http://www.oricon.co.jp/special/49069/2/

 

私には、アイドルの魅力がわからない。そんな私が、今回橋本奈々未さんの卒業・引退発表の記事を読んで、乃木坂46に興味を持ち、冒頭の記事中でも紹介されていた映画「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」を鑑賞し、乃木坂46の魅力とは何なのかを考えた。

 

 

 

★★★★★★

 

アイドルの魅力とは何なのか。

AKB48の公式ライバルとしてデビューした彼女たちはオーディションに合格するまでは、いわゆる素人であり、特別ダンスがうまい、歌がうまいわけでもない。幼少期からダンスレッスンを行っていたメンバーが多い、E-girlsのようなグループとは異なる。

劇中で最も強く感じたのは「自分を変えたい」という強い想いと彼女たちを襲う国民的アイドルの公式ライバルというプレッシャーである。

 

この映画は、メンバーの母親のナレーションと過去の映像を中心に展開され、メンバーたちの生い立ち、オーディションを受けたきっかけ、活動を続ける中での苦悩や葛藤が語られる。

 

いじめにあっていた過去。コミュニケーションをとるのが苦手で部活をやめた事。対人関係に悩み不登校となった事。そして、貧乏な家庭に育ち、そんな地元から抜け出すため東京に出てきたが、一日をおにぎりひとつで過ごすような苦しい生活をしてきた事。

 

そんな彼女たちが、厳しい芸能界で、プレッシャーと戦いながら奮闘していくのである。10代の少女が成果を求められ、成果がCDセールスや、選抜メンバーの人選等に明確に返ってくる。そんな中で彼女たちは何を思うのか。

 

★★★★★★

 

私は仕事とは成し遂げた成果、生み出した価値で評価される、そう考えていた。

一般的なビジネスの場では、5時間で出来ても、100時間かかっても、成果物の品質が同じであれば評価は同じであり、そうあるべきだと私は思う。

 

しかしエンターテイメントの世界では違うのではないか。

なぜなら、この世界では、どれだけ人の心を動かすかという点が重要であるからである。

もちろん一般的なビジネスシーンでも、理屈だけでは測れないものも多く、昔からの関係性や、人付き合い、人間としての魅力などが意思決定に大きな影響を与えているのは事実である。

しかし、エンターテイメントにおいては、こうした理屈では語れない要素が非常に大きい。

例えば、日本に住む人にとって、100円のおにぎりの価値は(大体)100円であり、こうした価値の感じ方に対する個人差は比較的少ない。

一方でエンターテイメントの世界はどうであろう。

乃木坂46のメンバーと握手ができる、ライブを見に行くなどの体験は、ファンではない人にとっては価値は0円かもしれない。

しかし、熱狂的なファンにとっては、何事にも代えがたいほどの経験となるのである。

 

こうした人たちがなぜ握手会やライブに価値を見出すのか。

ファンの心をとらえて離さないのは、様々な過去を抱え、プレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、「自分を変えたい」という覚悟とともに夢を追い続ける彼女たちの姿なのだ。オーディションに合格するまでは普通の女の子だった彼女たちが、国民的アイドルの公式ライバルとして活動する重圧、大人(事務所)からのプレッシャー、世間からの評価にさらされながら、なぜここまで頑張れるのか、人の心を動かすのはwhatではなくwhyなのだ。

 

 

 

「whyからはじめよ」TED Talk

https://www.ted.com/talks/simon_sinek_how_great_leaders_inspire_action?language=ja

 

高校野球におけるメディアのあり方

第88回選抜高校野球において、サイン盗みの疑いがあったという報道を見た。

私自身は、ルールを破った方が得をするような状況は良くないし、そもそも禁止せずに、相手のサインを見抜く(盗む)ことも一つの野球のファクターとして認め、その分野においても技術を競うというのがフェアな解決法であると考えている。

そこで今回のテーマである。
サイン盗みについては私が小学生の頃から問題提起はされているが(有名ゲームの中でもサイン盗みについてはエピソードとして組み込まれていた)、高○連は注意するという以上の対策を打ってこなかった。(そもそも期待していないが)

実際問題として、本人が故意にしたということを認めない限り、確実な証拠を得るのは難しいため、処分等を下すのは難しい。それが高○連が何も対策を打ち出せない要因の一つではある。

私はこうした問題にメスを入れるのがメディアの仕事だと考えている。
感動エピソードを制作するのは結構だが、クリティカルな視点を高校野球においても持つべきだろう。サイン盗みのようなことをする高校にはきちんとした制裁がされるべきだと思う。
高校野球において、高校生を批判するのは避ける風潮があり、それは理解できるのだが、こうした学校の監督や指導者はもっと批判されるべきであり、それはメディア、特に新聞、テレビの仕事であるだろうと思う。

 

自動運転にどれだけの安全性を求めるのか

自動運転の実用化には非常に興味がある。

多くの人に対して便利なサービスが提供され、新たなビジネスが生まれ、それと同時に技術によって打ち負かされる産業も出てくるだろう。

こうした中で関心があるのが、どの程度の安全性が担保されれば、自動運転が実用化に踏み切れるか。という点である。

自動運転導入の障壁の一つは安全性である。

しかし現在人間が運転する自動車は安全とは言えない。飲酒運転、居眠り運転、夜行バスなどの運転手の体調管理など問題は多く、多くの人が交通事故によって亡くなっている。

そうした中で、自動運転のメリットを得るためにどの程度のリスクが許容されるべきなのか。またその事故による損害は誰が保証するのか(自動車メーカー?保険会社?国?)

ベネフィットを得るためには少々事故が増えてもいいのか。人員による運転と同じレベルの事故数にまで減ればいいのか。それとも人の運転よりも安全なレベルの技術を求めるのか。

人員による運転と同じレベルにまで技術が進めばいいと考える人が多いかもしれないが、自分の愛する人が、自動運転による交通事故で亡くなったらどう思うだろうか。

 

技術に目を向けることも重要であるが、導入が近づくにつれてこうした人々の自動運転に対する感覚についても議論されるべきだろう。

なんで結婚するの?

テレビで熟年離婚が増えてます。的なニュースしてたけど、要は妻(夫)が生活(お金)のために結婚して、夫(妻)が稼がなくなったら別れましょってことでしょ。(一応両方書いておきます。一般的には夫が稼ぐほうが多いというのが現状だと思いますが)

女性の社会進出というのがアベノミクスで言われていますが、元々女性には総合職の採用数が少ないとはいえ
①バリバリ働いて自分で稼ぐ
②所得の多い男性と結婚して仕事を辞める
という二つの選択肢があります。
一方で男性は働くしかないのが現状(働かないとヒモと呼ばれます)であり、どちらが人生選択に柔軟性があるかといえば女性だと思うのです。私(大学生です)の同級生でも主夫になりたいっていう男性もいるし、すぐ結婚してしごとなんかやめたいという女性は(美人ほど)多いです。

②の女性はできるだけ所得がある男性を見つけて結婚したいと思うわけで、だから損保の地域職や、メガバンクの一般職がそこそこ人気高いのでしょう。働きたくないけど何となく就活するけどやっぱり働きたくないから、すぐ結婚しよう。また、そういった女性が熟年離婚に踏み切るのは非常に合理的です。

①の女性にとっては特に結婚する理由はないけど子供が欲しいのと、結婚してないと負け犬みたいな扱いを受けるから結婚しとこうかといった感じではないでしょうか。


一方で欧米諸国で婚外子の割合が増えており、その要因は

⚫︎①の女性が市民権を獲得し始めていること
⚫︎所得の高い男性が②の女性と結婚する意義を感じなくなっている(一生懸命働いて妻を養って定年後に離婚するなら、結婚しなくていいよね)

からだと思います。
婚外子が認められるから子供を産むのに結婚する必要はない。
女性から見ると結婚しなくてもいいやという人と、結婚戦略がワークしない人が増えてきているわけです。結婚しなくても、子供は産みたいという人がいるから婚外子が増えていて、その子供が不利益を得ないような社会システムが欧米では出来つつありますよっていうお話。

日本で婚外子が市民権を得ていないということは、
②の女性は経済的に子供を育てることができないし①の女性はそもそも結婚してないから子供を産みにくい。

働きたくない女性に社会進出といっても、ばりばり働いている人に結婚しろっていっても無駄で、働きたくない女性やキャリアウーマンが子供を産むためには、結婚だけでなく、婚外子という選択も残すしかないのでしょう。

約束の海

 

 

本日のオフはあいにくの天気であったため、ずっと読みたかった山崎豊子著『約束の海』を拝読した。
早朝Kindleで購入し、一気に読破した。

 

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主人公は海上自衛隊潜水艦部隊の若き士官。

海上自衛隊潜水艦と遊漁船の衝突事故を引き金とした、主人公の葛藤を描く。

国を守るために任務につく自衛官と、自衛隊バッシングにより国民感情を味方につけようとするマスメディア。また主人公が思いを寄せるフルート奏者のという第三者視点も取り入れる事で、戦争放棄した日本における、自衛隊の存在意義を問う作品となっている。

 

戦争には絶対反対という明確な立場の上で、平和を実現するにはどうすればいいのか?
自衛のための戦力を持ってはいけないという意見には反対する著者が描くのは、白か黒かで簡単に割り切れる物ではなく、その間で揺れ動く主人公の心の迷いがこの問題の複雑さを物語っている。

 

印象に残っているのは、過去の戦争について今まで何も話さなかった主人公の父親が、死亡者を出した衝突事故の責任を感じている息子に対して、真珠湾攻撃の際に、二人乗りの特殊潜航艇で部下を無くしたという自分の過去を語るシーンだ。

父親は問う。「死を賭してまでとは言わないが、身命は国民に捧げるくらいの覚悟が無ければ、それくらいの覚悟を持っていなくては国を守る仕事には不適だ。だからこそお前達の時代になっても、遺書を書いて任務にあたっているだろう」と、、、、、、


戦争をしないためにはどうすれば良いか。この問いには簡単には答えは出ないだろう。しかし、この親子の様に、命をかけて日本を守っている人たちがいる事。それだけは忘れずに生きて行きたい。そう思わせる作品であった。

 

スポーツにおける経済格差

ワールドカップを見ていて思った事。

 

先進国は経済が安定し、物質的にも豊かだから有利である。

と言う事ではない。

 

プレイヤーに対する評価についてである。

サッカーは詳しくないので、野球で例を挙げよう。

 

メジャーリーグの球団が選手を獲得する時の適正価格はどのように決まるのだろうか。

 

まずはその選手が」どれだけ活躍して、チームの勝利に貢献出来るかが重要であると言うのは言うまでもない。

プロスポーツ選手として、実力があれば金銭的なインセンティブが得られるのは当然の事である。

 

加えてタレント的要素も含まれるだろう。イケメンだったり、個性的な経歴やバックボーンを持っていればメディアに取り上げられたりするなど、個人的に名前を売り出す事が出来て宣伝効果が大きくチームにとっても価値が高くなる。

 

この視点から考えると、スポーツ選手の市場での価値が、その選手の国籍によっても左右される事が分かるだろう。

 

具体的な例を挙げると、現在ニューヨークヤンキースでプレーする田中将大選手の年俸(7年で1億5000万ドル)は妥当なのか。
仮に彼がアフリカの貧しい国の出身で、今の様な実力を持っていたとしたら、これだけの給料を支払ってまでヤンキースが取りに行くだろうか。(アフリカにいたら彼の才能は発掘されていないだろうという仮説は無視する)

 

答えはNOだろう。

 

球団側は、選手の実力だけに金を払っている訳ではない。
その選手が生み出す経済効果や宣伝効果も含まれるのは当然であり、それらのバリューは、国家レベルの経済格差によって生み出されている。

田中選手がヤンキースに行く事で、日本のメディアがこぞってヤンキースタジアムに取材に向かい、多くのファンが試合を観戦するために足を運ぶ事になるだろう。アフリカであったらこういった行動はなかなか起こらない。田中選手の年俸は、日本経済の強さや日本の生活水準の高さも織り込まれたプライシングであると考えられる。

野球を知らない日本人は今までヤンキースなんて知らなかっただろうが、今では、(黒田選手、イチロー選手の影響もあるが)知らない人はいないだろう。逆に言うとヤンキースにとって日本は、知名度を上げたいと思えるマーケットであり、投資の価値があるため、日本人メジャーリーガーの年収は高いと考えられる。

 

 

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このように、スポーツ選手の市場価格に経済格差があると言うのは事実だが、決して悪い事だけではないと思っている。
貧しい国の選手の市場価格が低い事は、球団側としては獲得しやすいという反面もあると考えられる。
日本人選手一人を雇う金額で、新興国の選手が数人獲得出来ると言うのは、ある意味後者にとっての好機であり、矛盾するようだが、最終的には実力があればアメリカンドリームを掴むチャンスが開かれていると言う事でもあると思う。